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あっちもこっちもブーメラン

3次元の無限の可能性、さぐってみます

第6回「3次元おたくと認知のゆがみ」~前半戦~

※はじめましての方はまずこちらから。

認知(にんち)

タレント側、作り手側に覚えられること。
その「覚えられる」の線引きと、その事実により日々おたく達の悩みは尽きない。
認知されることを嫌うおたくもいれば、認知されることをアイデンティティとする、通称「認知厨(にんちちゅう)」と呼ばれるおたくもいるため奥が深い。

認知のゆがみ(にんちのゆがみ)

精神医学で使用されている「認知のゆがみ」との言葉あそびで、上述の「認知」によりおたくの様子がおかしくなってしまう状況。
医学上の「認知のゆがみ」の10パターンは下記。
「全部か無しかの考え」「マイナス思考」「~すべき思考」「極度の一般化」
「心のフィルター」「論理の飛躍」「誤った自己責任化」
「レッテル貼り」「極端な評価」「感情の理由づけ」
なんだろう、大体あってる。


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あいさつ


かりん:こんにちは~かりんです。めっきり寒いですが、お財布の中はもっと寒いです。観たい舞台の数に体も残高も追いつけてません。
冬がはじまるよほら推しのすぐそばで!!!!

敦子:まだ手にせぬ賞与を片手に(?!)冬の現場に向けてカウントダウンを始めた敦子です。
天上天下唯我独尊!!!←中2のときに上履きに書いてた八文字熟語(?)

かりん:突然八文字熟語を叫びだす大人2人の雑談が今回も始まりました!
そしてなんと本日はゲストとしてめりいさんが遊びに来てくれました~。わーい!
なんかバラエティ番組みたいな言い回しになったけれど、めりいさん自己紹介をどうぞ!

めりい:はじめましての方ははじめまして、そうでない方はこんにちは~!
今回ひょんなことからゲストにお招きいただきました、認知のゆがみの申し子(自称)めりいと申します。
普段はインターネットのいろんなとこで推しに対する重すぎる愛をぶちまけながら、極めすぎて自分の首絞めてる系単推しおたくやってます。
経験ジャンルは戦隊モノとアメスタと普通の舞台とリア恋メンヘラです。
近況としては某2.5次元ミュ出演俳優のおたくとルームシェアはじめました。生活がどんどんおたくしやすい方向にフィットしていっており、工場のベルトコンベアのようなスムーズさで推しにお金が流れていきます。
何ら取り柄のないふつうの重たいおたくなので、恐縮すぎて借りてきた猫状態ですが、普段うっすら思ってることをぶっちゃけていければという次第です。未熟者ですが、よろしくお願いします~!

かりん:というわけでまさかのこのニッチな対談ブログにゲストがくるという素敵な展開になりました、とっても嬉しいですありがとうございます。
そんな感じで異種格闘技戦のようなブーメランの投げあい開始します!
終わる頃には誰か死んでるかもしれない!

「認知」の定義をまず決めよう


かりん:というわけで今回のテーマの「認知」なのだけれど、最近は色んな所でこの言葉が使われていて、さらにその基準が曖昧なのが難点であり……。
とりあえず今回の話をする上での「認知」の基準が決まってないと話がはじまらないので、(このブログ内において)どこが認知のボーダーラインか?というとこを決めたい!
私は長年のおたく人生の中で「顔と名前が一致している」が認知の最低ラインだと思うのだけど、めりいさんと敦子ちゃんはその辺どうお考えでしょ~。

めりい:「認知」って漢字二文字でひらがなだと三文字ですけど、おたくを苦しめる永遠のテーマですよね。わたしは学校で「アァ~認知ほしい~~」って言ってたら勝手に隠し子がいると勘違いされて保健室に呼び出されたことがあります。

かりん:まあ世間一般の「認知」っていうと子供になるよね…。

敦子:アイドルの現場だと細分化?して、顔認知、名前認知とかおたく側が把握してるイメージです。
あとジャニーズとかの現場だとうちわ認知*1とかもありますよね。

かりん:うちわ認知!それ最近ドルステ界隈*2で聞いて「そんなものあるのか」って学んだ奴だ!!

めりい:認知のスタンダードな定義としては「顔と名前が一致している」で間違いないと思います!
しかし実際に現場に行っていると、先述した”認知”には「顔を見て自分のおたくだと認識できるが、誰だかまではわかんない」という段階が短かれ長かれはさまれるので、認知かそうでないかで悩むのって主にこの期間ですよね。
「観客」と「自分のファン」のスキマを埋めるために必要なパズルのピースが「認知」だとわたしは思っています……。

敦子:観客と自分のファンの間かー。たしかにそういう捉え方もありますね。

かりん:あと「ファンだとはわかるけど」って層があるのはまちがいない……。
しかし今回は「自分個人を認知される事でおたくはどうなるか」という話をしたいので、勝手ながら最低ラインを「顔と名前」に設定します、本ブログ内ローカルルールなので悪しからず!

実際問題、認知されたい?されたくない?


敦子:突然おたくの話するけど、なんか認知されてるおたくほど「今わたしの方を見てくれた気がするけど勘違いかも……。」って言ってて、認知されてないおたくほどSNSとかで大声で「こんなあんなことされた!」って自慢してるイメージがあるかも。

かりん:おたくあるある現象だ~~!
あと若手俳優界隈だと「この人はいつも手紙くれるけどどの人だ?」みたいな紫の薔薇の人案件が昔からあって、逆に今はSNSがあるからプリクラアイコンにして当日の自分の座席を主張してくるタイプのおたくもいるよね。

めりい:あ~どっちもよくいますね。

かりん:極論を言うと「認知されたくないおたく」と「認知されたいおたく」がいると思うんだけど、2人はぶっちゃけどっちですか!
私は基本的には認知された方が色々楽なので認知されたいけれど、日によっては「自分を知られてる」のが苦しいから他人でありたい時もあるタイプのおたくだった!
「だった」というか基本地盤は今も変わらないのだけれど、一応今は現場最前線にいる訳では無いので今回の私はそういう前提で話します~。どうぞよしなに。

敦子:わたしは時と場合によるかな。
認知って確実に現場は美味しくなるけど、その権利を得ると同時に義務も発生するというか。オキラじゃない限り、現場に行かなくなると推しは悲しむよね?
その1対1の関係を築く勇気がないときは認知されたくないかも。

めりい:わたしは結論から言ってしまえば、認知されたいおたくでした。
認知されたくて手紙を毎回書き、周りに溶け込む気のさらさらないリズリサ♡まいめろ♡ファッションでヒーローショー前列に入りまくったらなんか認知されたんですが、贅沢な悩みとdisられることを承知で言えば敦子さんの言ってるよーな関係性の重圧から逃れたくなるときが週3くらいで訪れますね……。
冒頭でいった単推しすぎて自分の首絞めてる、っていうのも単刀直入にいえばこれです。

かりん:すごいな今日、マリーアントワネットが3人いる対談だ……。
ちなみに私の話に補足すると、若かりし頃は「認知はされるもの」だと思ってるおたくだったので、めりいさんが言うような「どうしたら認知されるか」みたいな行動を本能的かつ無意識にやってたなとふと思い返せば。
むしろさらに先にいって「友達の推し」とか「推しの友達」に○○くん(自分の推し)のファンって認知されてるのが嬉しいとかはあったかも。

めりい:長く同じ現場に通ってると本命以外のメンバーにも覚えられててぎょっとするのは割とあるかとは思うんですけど、それは「推しに認知される」というゴールを過ぎた先の、燃え尽き症候群回避のための一時的な馬の鼻先のにんじんとして、他キャスからの認知をめざしてみるのは良い手段ではないでしょうかとわたしは思います!

かりん:すごい!多分私そこまで深く考えてなくて、単純に「私が○○くんの事を好きって事を他の人も解ってるんだ!うれし~!」くらいの能天気だった!(笑)
勿論それは狭いところばかりだったからこそ出来る技だし、諸刃の剣としては目立つし他のおたくからのdisが付随するのは当然なんだよね、後は認知されたくない現場でも認知されてしまうというデメリットが現われるわけでして……。

「関係性の重圧」とはなんだ!?


かりん:さっき敦子ちゃんが言っていた「権利と義務」の話を広げていくんだけど。
私は自分が「個」として認識される事で自らの動きに制限が出たり、義務感が生じてしまうと思うんだけど、2人が日頃悩んでるのもやはりその辺でしょうか。

めりい:われわれが普段から当然のように考えているが実はやばいことのひとつに「頑張れば必ず認知はされる」という思考がありますよね。
ここでわたしが改めて主張したいのは、認知は向こうのオプションサービスであって俳優の標準機能ではないということです。
自分が個として認識されたときの重圧で最もさいなまれ度合いが高いのは、相手の脳細胞の中に少しでも自分が存在しているって事実ですね……。

敦子:というと!?

めりい:えっだってこわくないですか?
わたしは生来、推しと自分の世界は透明なガラスで隔てられており絶対に交わることはないと本気で思っているので、こちら側のわたしが向こう側の推しに認識されていると「わ、わかるの!?」みたいな、幽霊の自分が見えてるの!?みたいな……。
怖さが漠然としすぎててすみません。

敦子:あーめっちゃ言いたいことはわかるかも。
けどわたしはわかるがこの対談を読む人たちが付いてこられるのか、気味の悪い世界過ぎて不安だ!!!

かりん:その心配はこのブログの当初から既に方向性がおかしいから大丈夫だと思う!

敦子:そうか!
ちなみにリリイベとかで接触も定期的にあるアイドル的な方々とは違って俳優さんのお仕事にファンを認知することは含まれないと私も思ってます~!
若い頃は認知されることが一つのゴールになったりはしますよね。けれど今思えばそこが始まりだったような気もします。
自分が生まれたてのおたくだった頃のことを思い出せば自分の推しが自分を認識してるって恐ろしいことですよね……。

かりん:「生まれたてのおたく」って凄いいいワードだな…。

めりい:わたしは推しのこと同じ人間だと思ってないんです。
わたしは下等奴隷で、推しは天界の使者だと本気で思ってるので、推しの脳細胞が汚れてしまわないか不安で仕方ない……。
初っ端からなかなか精神世界的な話題に突入してますが、この対談、大丈夫ですかね!?(まがお)

かりん:大丈夫なので遠慮なく続けよう!

めりい:「認知されてからが始まりだな」とはわたしも思ってます。
あくまでも人と人との関係性のスタートに立っただけですけど。単方向が双方向になっただけで、特に根本的になにか解決したわけではない……。

敦子:わたしも推しのことを神的な何かだと思ってます!!
そもそも殿上人(ジャニーズデビュー麺)からおたくの世界に入ったので、まず推しと自分との間に「赤の他人」という人間関係が成立してることが怖い。
よくかりんさんと「認知って嫌われる始まりでもあるよね」って1年に5回くらいは言ってます!

めりい:「第四の壁」*3ってあるじゃないですか。
古典から演劇ではそれの壁をあえて破る、という行為が象徴的に扱われてきたわけですけど。
もともとはアイドル文化である「認知」という概念が若手俳優の台頭によって演劇に流入し、舞台の向こう側からこちら側へのアクションという、例えるなら「カーテンコールでのお手振り」や「劇中のチラ見」における「第四の壁破り」が無意識下に行われてるのはいまの若手俳優文化めっちゃ面白いですよね。

かりん:ああああ…思い当たるフシがありすぎて胃が痛くなってきた……。

めりい:「受け手側を人として認識してしまってること」が当たり前なアイドル文化と、そうじゃなかったけどそうなりつつある演劇文化のボーダーラインが若手俳優文化というぼんやりざっくりしたものなのかなと思いました……。

かりん:すごい今日めちゃくちゃ面白い…。
私はめりいさんとも敦子ちゃんとも違って「推しは人間だと思ってる」ところがあるんだよね。アイドル畑が後追いで舞台ばっかりみてたからかもしれないんだけど。
そして推しは同じ人間だからこそ私にとって光であって、眩しくて…という話は今日はさておきとして。
だから前提として「人間なんだからいつもいる人のこと覚えるのは普通なんじゃ?」っていう価値観がある。おかしいでしょって言われることもあるけど、でもその理論が上手いことまかり通って来てしまったから、こんなトンチンカンな女が誕生してしまったわけであり…。

敦子:かりんさんの超理論はかりんさんだけに有効だったりするしな。

かりん:「人間だから」こそ、クラスメイトの女A」くらいだった私が「○○さん」って苗字で呼ばれるくらいになってしまったイメージというか。
同じ世界線にはいるんだけど決して関わることはなかったのに、それが何故か上手い事関われるようになってしまったことによって、授業中もうたた寝できなくなっちゃった!掃除の時後ろ気にしちゃう!つらい!どうしよう!みたいなところがあるかもしれない。

敦子:出た!「同じクラスの女子ヅラ」!!*4

かりん:ちなみにめりいさんの言うところの「第四の壁破り」やられると凄いつらくて!!!
「演劇が好きな私」と「おたくの私」は昔から同居してたので、板の上から降りた推しには認知されてたいんだけど、舞台上にいる役者であるその人は私のことを知らないで欲しいんだよね。
だからそれもあって好きな舞台ほど「頼むから私のことは今は忘れて」って何度念じて生きていたことか…。
なんかもしかして一番人としての扱いを怠ってるのは私かもしれない気がしてきた。都合が良すぎるのかもしれない。

めりい:推しのこと崇拝して天界からの使者とかこんぺいとうの国の王子とか言ってますけど、ぶっちゃけ人間だってことは痛いほどわかってるんですよね!!
わたしは推しの人間らしいところを見るとうろたえる人です。わたしの推し、久しぶりにブログを更新したと思ったら「コーラとオレンジジュースを混ぜたらまずかったです!」っていう報告記事だったことがあるんですけど、そういうとき一旦は萌えるもののそのあとなんか怖くなります。人間性を感じてしまうので。

かりん:自分と同じ世界線にいるんだ~!って嬉しくなる時と、「やばい、この人は人間なんだ」って思ってしまって、自分の行為などを振り返ってぞっとするのの往復はとてもわかる……。

めりい:おたくって本当めんどうですね…。

認知による良し悪し選手権


敦子:推しの取り扱いについてぱっかり割れましたな。いや割れてないのか?
そんなところで推し(神もしくは人でもある何者か)から認知されてよかったエピソード、悪かったエピソードを自分、友達、他人のものを勝手にあげちゃいましょうか。
ちなみにわたしの大失敗はプライベートが心底忙しくて人生最大級に多忙だったときの舞台がつまらなくて、前列で入ってたのに気づいたら大爆睡してて、ふと起きたら推しがものすごい顔で私を見つめてたことです!!!!
あのときはすいませんでした!!!!!

かりん:早速話がそれるんだけど、私舞台観劇中に睡眠とる人が本当に地雷で、でも敦子ちゃんは地雷だって知りながらも希にそういう事がおきると報告してくるし、その度に私が嫌な顔しながらも仲良くしてるのが本当に面白いなっていつも思ってるよ…。本題に戻ろう。

私はこの間行ったイベントで、抽選のプレゼントが当たった時に喜んで推しらしき子に手を振ってるおたくの子が、推しらしき子に「あっ!」ってにこやかに笑われてるのを見て「認知されてる幸せなおたくだ!」って思ったのでその辺りは若さを感じてほほえましかったなあ。

めりい:ただそういうの見ると「いやいやちゃんと仕事しろよ!?!?」って思う瞬間ありますよね。
「おたくを認知していることがバレると世間的にまずい瞬間」ってあるじゃないですか。
と、いうわけで、私の認知されていて良くも悪くもあったエピソードは、DVD収録の入ってるイベントでがっつりファンサされたら、それがあからさまに映像に残ってしまい「後世の新規ちゃんたちが邪推するぞ!?!?!?」と思ったことです!

かりん:「後世の新規ちゃんが邪推する」…。声に出して読みたい日本語シリーズだ…。
でもごもっともだと思う。それこそ私が挙げた話もその場にいる「他のファン」はおや?と思うだろうし、あとは記録に残っちゃうと自分はめっちゃくちゃ嬉しいんだけど、後々なにかと怖いんだよね。
自分の存在がわかってしまうというのも勿論だし、「あっそういう特別対応あるんだ」って断片的に伝わって悲しむ人が出るのは、上から目線なのかもしれないけど「皆のもの」ではなくなってる瞬間かなあと思ってしまうかな。

めりい:それらの現象って怖いですし、他のおたくに弁解するのめんどくさいですね。
あとおたくに対しては認知してよーとしてまいと平等に対応した方が新規はつきやすいんじゃないかなとか思ってしまう。エゴでしかないですが。

かりん:私は演劇こじらせでもあるから、それこそ上で書いた通りに「舞台進行中の物語の真っ只中に明らかに自分を意識される」という「第四の壁破り」が行われた瞬間に、自分で自分の好きな舞台の世界観を踏みにじってしまった気がして自己嫌悪で死にかかったことがある。
でもその後の接触がある物販で「今日最前いましたね~」ってにこにこ言われてる時は嬉しくて、もうその日のたった2時間で二律背反が起きて、おたくの私と演劇こじらせの私が大喧嘩した挙句に知恵熱が出た。

めりい:かりんさんの言う通り、おたくを認知していることはある種「演劇のあるべき姿」みたいなものに全力で逆らってると思うんですよね。そういう点で若手俳優って罪深い存在ですよねー……。

かりん:そう…まさにその罪深さがつらい…。とりあえず演劇こじらせの私は今日は1回お休みしてもらっておくとして。
「認知」を読んで字の如くなんだけど、推しの頭に私の頑張りのセーブデータが残ってるのはありがたい。何より次のアクションがとりやすいからいいところだよなあと私は思っていて。
次にアクション起こす時に「はじめまして」からしなくていいのって物凄い楽なんだよね。

めりい:認知されてると楽ですよね。頑張らなくてよくなるから。
しかしおたくはめんどくさい生き物なので、一筋縄ではいきません!ざんねーーーん!!!

かりん:後は普通に人間だから好きな人に覚えててもらったら飛び跳ねるほどそりゃ嬉しい。これが最大のいいところかな。いいところって言うのもなんか嫌な言い方だけど。
ただまあそれゆえに足を引っ張られていくのが今回のこの「認知のゆがみ」なわけなんだけども……。

敦子:そうだ、今回のトークテーマ「認知のゆがみ」か!!(鳥程度の頭)
わたしは単推し長い分、認知のゆがみからは脱出したおたくだから、その点では3人の中で少数派かも?!
もっかい認知のゆがみの定義についてメモ読んできます!!

かりん:いってらっしゃい!
あまりにも話が壮大になってきたために、まさかの後半戦につづきます!まて、次回!


~後半戦へつづく~
※後半戦は近日更新予定です


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*1:コンサートやライブなど応援うちわが持ち込み可能な現場において、おたく本人というよりかは、そのうちわを認識されている状態のこと

*2:ネルケプランニング制作のアイドルステージの略称、うちわ持込可の現場

*3:「演劇内の世界」と「観客のいる現実の境界」を表す概念のこと

*4:2015年11月12日のかりんによる「推しの事を好きすぎて最終的に名字にくん付けするのは同じクラスの女子ヅラをしているから」というツイートより